汗が滲む夏の始まりに、目元を緩めて「好きだよ、どうしようもなく、君が好きだ」
その人に向かって、どうにも不釣り合いな言葉を、吐いた。
重い。
息苦しさが私を覆っていた。冷えた空気が、今の居場所を知らせる。
───夢か。
とても優しい瞳と強い意思を持った、笑顔しか知らない、何歳も歳上の女性。夢の中で感じた愛しい痛みを、しばし反芻した。忘れた事などないけれど懐かしい夢に、縛られているのだと改めて感じる。終ぞ言えなかったからだろうか、もはやこの鎖は傷口と共に、皮膚の中に入り込んだのかも知れない。
───傷口ごと燃やしてやる、何度でも。
炎を操って見せた、彼女のように。
あぁ、何故ここは山の中なのだ。文字しか書けない。出したくて出したくて、たまらない。ザワザワと何かが湧き立つのを感じて上半身を起こし、息を吸った。燃え盛る炎よ、もう少しだけ待って。耐えて。表現者に、私は出逢えたから。
「やはり、運命を感じる」
神の如く操ってみせた彼女は、今は私の隣で眠っている。あの人と、会っているだろうか。夢の中のかの人によく似ていた。癖の強い髪で、制服で登山する瞬発力、自分の意思を持ち相手に示す強さ。真っ直ぐにこちらを見る素直な瞳は、今は夜の帳に閉じている。
あの人の、娘。
自分の消えない炎を表現できるのが、あの人の娘。皮肉な物だが丁度良い。こんな場所で鉢合わせする役者で良かったとすら思う。景さんから感じたエネルギーを浴びた瞬間、この人に託そうと決めた。重く痛い位の激情を任せるのなら景さんの様なタイプは心強く嬉しかった。この人ならばと思えた。ただでさえ共演者の問題がある。見えないものを感じさせる役者でないと、羅刹女と同じ世界は見られない。莫迦にされて終わるだけだ。
好きなものを常識に押し潰される現実は、もうウンザリなのだ。
何度だって、断ち切ってきた。
慕っていたあの人に、もう二度と会えない現実を知った時も。あの人が大切にしていた場所に、自分が立ち入れないのだと理解した時も。
───その存在だけ傷口に残して、炎と共に何かを作ってきた。私は炎と共にある。
羅刹女は愛憎と悲哀の物語だ。共演者の事もある、景さんはこの物語では美しく燃え盛る必要がある。大切なものを亡くし大切な物を奪われ騙されるも、その裏には息子への母性と夫への愛がある。山へ来る責任感の強さと理解に努める優しさならば、恐らく演じきる事が可能だ。
彼女の、役者としての覚悟に応えよう。作り手としてどう思われても構わない。傷口も痛みも曝け出して、『演出家』にとして舞台を作る。
……手助けしか、できないけれども。
───「好きな事にも、心は痛くなるのよね。お父さんたら、本当に仕方ないんだから」
触れれば痛む記憶の中で、柔らかく微笑んで言う、慕ってやまなかったあの人。
『好き』。
そこにある爽やかな風は眩しくて、私は、触れられずに黙っていたんだ。
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山野上花子の宣言により夜凪父と花子は不倫してたという前提で進んでますが、
花子が羅刹女ならば牛魔王と孫悟空は夜凪父や常識や世間体、
それらから本当は真正面からやり合いたいけど対話もできないので諦めざるを得ない事実、
孫悟空(扮する牛魔王)が求め羅刹女なりに守りたいが奪われる芭蕉扇は、夜凪母という考えもできなくはない……?
というトンデモ考察が基になります。
暫くは舞台描写だろうからもう書くの今しか無いよねっていう。
山野上花子は、夜凪父とも知人関係だけど夜凪母との方が繋がりは強かった設定。
なんていうか、大きな長男的な旦那と年下の女の子が二人揃って職人肌クリエイター気質なので、思わず心配しちゃうお母さんな夜凪母と、その暖かさに惹かれつつも自分の価値観との違いが浮き彫りになる感覚を割り切る為に戸惑ってる間に亡くなって奪われたと感じてしまってる花子さん。みたいな。(長い)
あと、山野上花子のプロ意識と覚悟がとても好きなので形にしたかった。
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お題提供:
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